top of page

毒と共生せねば 〜長谷川匡弘さんINTERVIEW〜

  • 西村
  • 2023年9月21日
  • 読了時間: 12分

更新日:2024年1月7日



「毒」の展覧会。動物、植物、菌類、そして鉱物や人工毒など、自然界のあらゆるところに存在する毒について、掘り下げている展覧会だ。基本的にヒトを含む生物に害を与える物質として知られる「毒」だが、毒のなかには単に毒にとどまらず、薬効をもつものも存在する。「生物に何らかの作用を与える物質」のうち、人間にプラスに働くものを薬、マイナスに働くものを毒と呼んで、多様で複雑な自然界を理解し、利用するために人間が作り出した概念であるとわかる。


国立科学博物館で2022年11月1日(火)~2023年2月19日(日)、大阪市立自然史博物館ネイチャーホールで2023年3月18日(土)~5月28日(日)の期間で行われていた。展示の様子と共に、大阪市立自然史博物館の学芸員で植物研究者の長谷川匡弘さんへのインタビューを掲載。



私、よく毒を知らずに生き延びてこられたな


 皆さんは毒と聞いてどのような印象を持つだろうか。私は、毒は恐ろしいもので悪いものであるため、忌避されるものというイメージがあった。共同編集者の丸橋さんは、毒にビジュアル的なものを求め、色や模様の派手さに綺麗だと言った。不思議だ。毒に魅力があるなんて考えてもいなかった私は、毒についてもっと知りたいと思った。


 日常生活はたくさんの毒に囲まれている。家での日常はもちろん、歩く道にも、バイト先にも…。まずは自分を知ることから、毒とうまく関わって生活できるのではないか。医者で処方される薬や、専門家が扱う毒という知識だけでは足りない。自分の知識で生活していくことの重要性を強く感じた。それは、身を守ることだけではなく、生活を充実させることにも繋がるのだ。

 例えば、身近な生活や自然界の様々な「毒」の存在を紹介している、展示冒頭の第1章「毒の世界へようこそ 」では、観葉植物のポトスや、身近な植物であるアジサイ、ユリ、ザクロが紹介されていた。このような毒の存在に驚き、同時に人間にとっては身近な存在であるだけで、それぞれが生き抜く必要のある生物であることを再認識した。

 第3章「毒と進化」では、進化として現れた毒を紹介していた。生物への擬態や、有毒生物から盗用する生物、耐毒する性質を獲得した例、毒を利用した種子の散布戦略など、毒は生物保全に重要な存在であったことを学習した。例えば、コアラは毒のあるユーカリの葉を食べることができるように耐毒性を身につけている。環境に適応して変化する生物は、非常に賢く生きていた。

 ウイルスは遺伝情報を含む核酸がタンパクの殻に囲まれた粒子で、細胞が無く単独で繁殖できないため生物とはみなされないと言うことで、今回の展覧会では取り上げられていなかったが、コロナウイルスが世界的に大流行したことは記憶に新しい。コロナウイルスへの対応に疲弊していた人間は、それぞれが自らの知識でワクチン接種の選択を行ったとは考えにくい。もちろん様々な政策を行なって収束させたのかもしれないが、あくまでも私は自身を守るための正しい知識が必要だと強く感じていた。毒展は、そのような毒/薬について、考えるきっかけとなった展覧会だった。


ree

INTERVIEW

(インタビュー・文/西村紬)



毒展開催への経緯


── 毒展開催への経緯や、毒について、推して毒の魅力をお伺いしたいです。よろしくお願いします。

 まず、毒展開催について詳しくお伺いしたいです。 長谷川:特別展って2種類あって。他のところ企画したものを回してくるっていう「巡回展」と、ここの学芸員が中心になって作る「主催展」っていう2種類があって。今回の毒展は、そのうちの前者なんですよね。



── 視察に行かれて開催決定をされたということですか?どのような点で素晴らしいと決定されたのでしょう?


長谷川:大体、大きな特別展やる時はこちらにも話があって。毒展が始まった時に、当然こちらにも話あって、最初は否定的だったんですよ。「毒なんか人来んやろ」「面白くないし」と思ってたんですけど。 国立科学博物館で毒展がオープンして視察に行ったときに、かなり作り込まれていて面白いなと思いました。特に、キャラクターが紹介していくのが毒展と非常にマッチしてて、いいんじゃないかっていうことになって。の面白いこととかもあって、模型自体もかなり迫力があるものだったので、「これはいいんじゃないか」っていうことになって。


── 植物の学芸員をされていても、植物の特に「毒」となると、知らない部分があるんですね。 長谷川:結構やっぱありますよ。やっぱり毒について学ぶ とか、勉強する機会ってあんまないですから。



── ほんとそうですよね!小中高を通して学ぶ機会はありませんでした。


長谷川:私は特に、植物の分類学とか、植物の生態学っていうものを研究してるもんですから、その中で毒ってそんな出てこないんですよね。タッチしないところなんです。なので、新鮮な気持ちで取り組めまして楽しかったです。



── 鑑賞者側としても毒って全然わかんなくて、興味を惹かれるっていう部分がたくさんあって。初めて見ました、毒を取り上げている展覧会って。 長谷川:そうですよね。だから最初は、お客さんがあまり来られないと思ったんですよ。 毒って難しいし。いわゆる、化学式なんですよね。化学物質なので、どういう展示するんやと思ってたんですよね。 でもずっとたくさんの方にご来場いただけています。

 実際には、化学式を前面に出すんじゃなくて、生き物を前面に出して、どういう効力があるとか、効果があるっていうのを、生き物の生活・進化と絡めながら話していくっていう、そんな展示なんですけど。それならうちでもできんじゃないということで、 やったんですよね。尚且つ、人間って毒に興味を持つんですよ。



── 命に関わりますもんね。私もすごく気になります。


長谷川:それはやってから気づいたんですけど。だから皆さん毒に対して、非常に興味は強いんだなと思いました。


ree

毒のビジュアル


── 展示を見させてもらって、展示会場が緑とピンクとかに統一されてましたよね。生物などの毒って見た目が攻撃的なものとか、綺麗いっちゃえば綺麗なものが多いんですけど。そういう、毒のビジュアルの良さに興味を持ったっていうのもあるんですけど。長谷川さんから見て、なんか、毒のビジュアルの良さの魅力はあったりしますか?


長谷川:今回の特別展に関して言うと、ポスターの「毒」っていう字。あの漢字に 強いインパクトがあると思うんですよね。だから、「毒」の文字を前面に打ち出したっていうのは、イメージ付けに成功して、良かったんじゃないかなと思ってます。



── たしかに!タイポデザインも素敵でした。 長谷川:あとは、黒とピンクとか、濃い紫とか、そういう色合いを毒々しく見せているんですけども。それもよくマッチしてたんじゃないすか。やっぱ「毒」って漢字にすごいインパクトがあるんですよね。今回、この毒展のポスターが目についてきましたっていう人も結構いました。

── やっぱこのポスターの評判はすごく良かったんですね!


長谷川:はい。他のグッズでも色々と。ベニテングタケのキノコのでっかいぬいぐるみとか。1番でかいのほぼ完売に近い勢いで(笑)!



── すごいですね!ご専門の植物についてですが、毒を持つ植物の中でもやっぱり見た目は、他の植物と違うっていうものってあるんですか? 長谷川:植物に関してはないですね。有毒無毒がほとんど見た目では区別が難しいんです。動物は違って。「警告色」って言うんですけど、目が偉い派手なやつが結構います。植物の場合は、警告色ってないんですよ。なぜか進化はしなかったんです。

── 後々人間が採取してみて、研究して有毒とわかったものが多いんですか? 長谷川:食べてみてわかるとかもありますし、そもそも匂いを出してたりはします。見た目は全然区別できないけど、嫌いな匂いを放っていたり、もしくは学習して変な匂いだったり。あとは味ですね。 苦かったり、辛かったりっていうのがあります。

 動物の場合は、ガブってかじられたらかなりダメージ負うんですけど、植物はかじられても大したダメージにならないんですよね。一部取られても、根っこが生きてりゃまた出るのでかじられたって全然平気ですから。そういう意味で、警告色って発達する必要性はなかったのかも。だから、植物の場合は、その苦み成分とか辛み成分とか香りを一緒に持つことで、動物に避けてもらってるような効力はあるんだろうと思いますね。

── 展示の内容で、果物の熟れてるライチと熟れてないライチがあって、香りを発するか発さないかで子孫繁栄をしていく。そういうのも毒って言うんだということなど、驚いたこともたくさんありました。


長谷川:ライチもそうなんですけど、身近なとこでいくと梅とかマンゴーもそうですね。青い梅には毒があるって言いますけど、未熟な果実は有毒なものが多いです。というのは、未熟な時に食べられてしまうと困るわけですから。毒を持って、もしくは香りを出して、種子を散布してもらうっていう仕組みですね。良い時に食べてもらわないと困るっていうので、その香りを合図にしてるんだろうと思います。



毒は魅力的…?


── 本当に面白いです。 私は、「毒」って聞いたら忌避されるイメージがあります。それなのに人気になっているというとことで。毒の魅力とは、ズバリ? 長谷川:毒の魅力!やっぱり、怖いもの見たさっていうのはあるんだと思いますね。怖いもの、ここでは毒って、やっぱりみんな興味持つんですよ。なんでかって言うと、自分の命に関わるからだと思うんですよ。本能的に多分興味を持つ。人間が猿だった時から、毒を持つ植物や動物っていうのは、チェックしてたはずです。その頃の名残りっていうのは残ってるわけで、現代の身近なところで言うと、ハチとか蛇がいたら興味が湧きますよね?そういう習性が出てるんじゃないかなと思ってます。知ってないと死にますからね。

── なるほど。確かに、興味持たざるを得ないですね。


長谷川:強引に興味を持たせてしまうっていうのが毒のすごいとこかな。

── うん、確かに思います。 でも、人間って毒を摂取したくなるはじゃないですか。例えばタバコとか大麻とかも。危険って言われているけど、中毒性があって。なぜだと思われますか? 長谷川:麻薬や酒もそうですけど。それらは、神経系に効く毒っていう傾向があるんだと思うんですけど。身体系の毒は誰も入れないですよね。例えば、ヒスタミンのように、痒くなったり、痛みがあるのを好き好んでやる人はほとんどいないと思うんですけど。

 神経に作用がある毒っていうのは、植物とか動物にも両方もあるんですけど、元々は動きを弱めたり、麻痺させたりするためのものであったはずなんですよね。幻覚もそうかもしれませんけども。そのための毒を、逆手に取ってというか、人間がうまく利用して しまって。気分が良くなったり、気分を高揚させたりするのに、人が使ってるっていうことだと思いますね。



── 植物とか動物とかは、自ら毒を自ら身につけることができると思うんですけど、人間は、摂取する側だけじゃないですか。人間が毒を身につけることはできないんですかね?

長谷川:今のところできないですね。いわゆる毒を体に蓄えるってことですよね?残念ながらできないんですよね。



── どうしてか考えた時に、人間は他の科学技術とかを使って生きることができるから、自分で作り出せるから、身に付ける必要がないのかなとか考えてたんですけど。

長谷川:展示にも出ていたと思うんですけど、哺乳類と鳥は 毒を持つものが非常に少ないんですよ。それはなんでかなって考えた時に、1つは体温が高いから活動が活発である、つまり逃げれる。動物が毒を持つ理由の1つに、獲物に捕らえられないように、脅威から逃げるっていうのがあるんですよね。そういう意味では、鳥と哺乳類って、いかなる時でも体温が一定なので 迅速に逃げれるわけで。リスクを犯してまで、守るために毒を持つ必要ってあんまりないんです。



── なるほど!だから、毒を持たなくても良くなったんですね。


長谷川:逃げれないというか、虫のようにのんびりしか行動できないものもいますよね。そういうのは毒を蓄積せざるを得ないんですよね。ほとんどの生物は、自分で毒作ってるわけじゃなくて、植物から毒を吸収して自分の中に溜めます。フグもそうなんですけど。最初から作ってるやつってね、あんまりいないんですよ。植物と微生物ぐらい。



── そうだったんですね。


長谷川:動物はほとんど、自分で作ってなくて、植物から借りてるわけです。なので、人間には特にその必要がなかったんでしょうね。毒を溜めてまで生き残るっていうよりは、逃げりゃいいじゃんっていう。

── それなのに毒を摂取するのも、なんか皮肉ですよね。(笑)

ree


あなたにとっての毒と薬


── 薬と毒は表裏一体であるということについて詳しくお聞きしたいです。「薬」と聞くと結構身近な存在だし、知らないといけないなと思うんですけど、「毒」と聞くと 何も知らないというのはどうしてでしょうか?


長谷川:薬はお医者さんで処方してもらえるからですかね。毒は出してくれないですもんね。薬は入手簡単ですけど、毒は入手難しいですよね。

 あとは、量の問題ですかね。使う量によっては薬になるわけなので、両方の意味合いはあると思います。先ほどの麻薬も当然、麻酔薬のように使う量によっては薬になります。モルヒネもそうですけど、使いすぎると当然毒になって、体に悪影響出てくるので。使う量との問題でうまいこと調整しながら、元々は薬とか、痛みを和らげるとか、気分を良くするとか、 そういったものも薬としての作用だとは思うんですよね。ところが、使いすぎると毒になる。



── 元々は毒も薬なんですね。薬として使ってたはずのものがいろんな用途で人間に使われていますね。


毒について学習したい!


── 長谷川さんは、毒の知識を、一般の人にもっと知ってほしいなっていう気持ちはありますか? 長谷川:あります、あります。毒を知るってことは、悪いことが1つもないんですよね。自分が生き残るために毒を知るわけで、自分で正しく使うことに 利益しかなくて。毒の知識がない人も、そういうふうになってくれればいいかなと思います。毒を知るってことは、生きる力を高めることに繋がりますよね。もちろん薬にもなりますし、色々使えるわけです。

── では、このような展覧会とか、イベントを通して伝えていくっていう方針ですか? 長谷川:そうですね。毒に興味持ってもらえるんだなっていうのが今回の展覧会でよくわかったので、折に触れて話していきたいかなと思います。



大盛況にて閉幕した毒展について、そして毒の魅力までお話をお聞きしました。生物の生命力は素晴らしいですね。私も、逃げて、隠れて、考えて、時には攻防しながら、自らの生命力を大きく発揮して過ごしていきたいです。


今回の特集は、「毒」です。次回は、「武田薬品工業株式会社 京都薬用植物園」での取材から、植物園の様子をお伝えします!植物博士になれるかも…。次回の特集もぜひご覧ください。


(文:西村紬)

  • Twitter
  • Instagram

​御草怱

​自然を知ることをきっかけとしたwebメディア

bottom of page